5月18日〜22日 災害ボランティア

 今年も札幌市社会福祉協議会の災害ボランティアバスに参加しました。
初日は陸前高田で津波に覆われた畑地の掘り起こし作業、2日目は釜石市根浜(ネバマ)
で神社の再興、3日目は釜石で防災学習を、2回目とあって無事予定通りにこなしましたが、
 奇跡の旅館と言われる根浜の宝来館の女将の話が何といってもハイライトでした。

   
陸前高田での畑起こし    奇跡の一本松          北上での懇親会

 YouTnbe で「宝来館 津波」で検索するとその凄まじい動画が見られます。逃げて〜と大声を上げて走っているのが女将です。実は宝来館は明治の大津波でも避難所として無事だったところですが、今回は地震で避難したところ、近所の人々が呑気に残っていたため、呼びに行って戻ってきたところの映像です。この後女将は津波に飲まれ、不思議なことに津波は空気も巻き込むため、ここだ〜とか助けて〜とかお互いに対話が出来るそうで、明るい方へもがいていったら上から手が延びてきて引き上げられたとか、材木を見つけて掴まったとか、全員救助されたそうです。その後の引き潮で、モーゼの十戒のごとく完全に砂浜が露出したこと、再度の津波で松林や砂浜がそのまま化け物のように移動してきたこと、100人以上飲まれた海辺はいつもの潮の音が全くしなくなったこと。その後の寒い中避難者全員の暖をとり、食料を調達しての3日間は通信手段がなく、役所も完全に諦めていたところ、自衛隊が救助に来たこと等々。そして宝来館をこの場所で再興して、どんぐりウミネコ村構想を進めています。云わく人が自然を作る、人がいなければ自然は生かされない、岩手は宮沢賢治や井上ひさしを輩出し、根浜の由来はアイヌ語だそうで、北海道とも縁続きであること、この素晴らしい岩手を単なる復興でなく、自然が財産、人が宝の出会いを起こす場にしたいという企画です。隣町の鵜住居(うのすまい)はウーノすまいと呼ぶそうです。一番の住居、トランプのウノのウノですね。

    
宝来館            今も遺体捜索中の浜で 旅館前でおかみの語り

前後しますが、その日の午前は根浜の神社の再興を皆で取り組みました。屈強の者は倒木の切り出し、我々はお参りができるように石段から御堂の周囲までガレキ、枝葉、ゴミを徹底的に除去し、行き帰りの道を確保しました。大勢でやると見る見る整備されて、神事に携わると気持ちまで清められる感があります。それにしても急坂の上にある神社まで津波が呑み込んだとは驚きです。斜めに傾いだ御堂ですが、御神体は無事で何よりです。写真は現地のボランティア指揮のもん爺です。(昨年の炊き出し講習のやん爺とは別人です)テキパキとした采配はさすがでした。

  
神社を背景に橙作業着  神戸からのボランティアと
がもん爺

翌日の釜石の被災地見学、最初は釜石大観音に上り眼下の釜石湾を眺めつつ、現地の案内人から説明を受けました。スーパー堤防はなぜ瓦解したか、引き潮を予期せず、外湾側の補強が足りなかったとか、今後に活かすための原因究明を精力的にやっているそうです。
しかし、スーパー堤防により、6分は津波の到来を遅延させたそうです。実は3月11日の数日前にも大きな地震があり津波警報が出されたものの殆ど津波が発生しなかったことから、多くの住民は家に留まり後片付けに没頭し、気がついたら逃げる間もなく波に飲み込まれていたそうです。6分間というのは、避難場所に十分到達できる時間で、その意味でスーパー堤防は機能していたわけです。
釜石の奇跡と言われる鵜住居小学校、釜石中学校の生徒が全員避難して無事だったのは、常日頃避難訓練で、「津波警報が出たら家族や友人は自分で避難してくるので、構わず一人で避難しろ」を訓練通り忠実に実行したからだそうです。
 このような災害の教訓が今後次々明らかにされると思いますが、学習して今後に生かさなければ意味がありません。現地に行くことは、ボランティア活動とともに、今後も起こりうる災害に対して、防災学習を行う機会とも言えます。

  
釜石観音       スーパー堤防跡   釜石の「奇跡の小中学校」を眺める

今回は絶景と言われる根浜海岸の日の出を見る機会にも恵まれました。午前4時過ぎには
太陽が顔を出し、天空から海面を経て砂浜まで輝線が貫く一瞬です。実はガスっていてその瞬間は逸しましたが、それでも写真のように見れました。その後この太陽は7時半頃には日食となり、金環食には至りませんが、辺が急冷する90%の食まで、確か小学生のときにも観察したあの時以来の機会に恵まれました。昨日の神社の清掃といい、この岩手で非日常的体験ができ、私が過ごした東京や北海道にはない東北の日本の原点のような懐かしさを覚えました。

  

話は逸れますが、北海道の高橋知事は自民党系、札幌市の上田市長は民主党系と国政同様捻じれています。どちらも人物、識見は及第ですが、原発に対しては高橋推進、上田脱原発、ガレキ受け入れに対しては高橋推進、上田反対とこれまた捻じれています。
原発に対しては上田さんの意見に賛成ですが、ガレキ受け入れ拒否だけは戴けない。3日間ガレキを相手にしてきましたが何の心配もいらない、何よりそのガレキとともに住まなければならない地元の人々がいるのを忘れてはならないと思います。